「がん専門薬剤師」誕生までの歴史とその役割
東京薬科大学薬学部 臨床薬剤学教室
准教授・がん専門薬剤師 下枝 貞彦
准教授・がん専門薬剤師 下枝 貞彦
はじめに
最近、日本人男性の平均寿命が初めて80歳を超えたことが新聞等で取り上げられたのを皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか。報道によれば、2013年の平均寿命は男性が80.21歳、女性は過去最高の86.61歳となり、2年連続の世界一だったとされています。男性の平均寿命も前年の世界5位から4位に順位を上げています。厚生労働省によると、平均寿命が延びた背景には、各年齢でがんや心疾患、脳血管疾患、肺炎の死亡状況改善があるとしています。
そこで本稿では、私の専門分野である、がん治療に着目し、がんの薬物療法に精通した「がん専門薬剤師」誕生までの歴史とその役割を皆さんにご紹介したいと思います。
薬剤師とがん治療
私が薬剤師として病院に勤務するようになった今から25年ほど前、私自身は、がんの薬物治療にそれほど大きな興味を感じてはいませんでした。大変お恥ずかしい話ですが、当時の私には、がんの薬物治療は一部の専門医に任せ、薬剤師は医師に言われた通り治療に必要な薬を準備すればよいぐらいの認識しか持ち合わせてはいなかったのです。ところが、その私の目を覚まさせる出来事が1999年末に起こりました。日本を代表するがん治療専門病院で、抗がん剤の投与量を誤り、過量投与で患者さんがお亡くなりになるという事故があり、新聞の1面に大きく報道されたのです。私がこの報道で衝撃を受けたのは、本来ならば薬の番人として投与量に熟知し、過量投与を未然に防がなければならなかった薬剤師の責任を、マスコミが厳しく指摘していたことでした。その後、この報道を契機に、大学病院や地域基幹病院においても、抗がん剤の投与を巡り様々な問題点が生じていたことが明らかとなりました。一連の報道に共通していたのは、抗がん剤の投与に際し、薬剤師が薬の専門家としての立場から、医師が計画した抗がん剤によるがん治療の内容を再度精査する仕組みが脆弱であったということです。当時私は、超大量の抗がん剤治療が日常的に行われていた骨髄移植病棟で専任薬剤師として勤務しておりましたので、私達の施設でも早急に医師が計画した抗がん剤治療の内容を再度精査する堅固な仕組みを構築する必要性があると感じました。
「がん専門薬剤」の誕生
当然のことながら、当時、危機感を抱いていた薬剤師は私だけではありません。全国で日々がんの化学療法に携わっている薬剤師が一丸となって、日本全国どこの病院でも薬剤師がリスクマネージャーとなり、より安全で副作用の少ない抗がん剤治療が行えるよう行動を起こしたのです。その結果、日本病院薬剤師会の尽力により、2006年、厳しい認定審査に合格した27名の薬剤師が日本初の「がん専門薬剤師」として認定されるに至りました。私もがんの薬物療法に精通した「がん専門薬剤師」27名中の1人として、がん患者さんがより安心して、副作用の少ない抗がん剤治療が継続できるよう奔走する日々が始まったのです。
おわりに
がん専門薬剤師の認定機関は、その後日本医療薬学会という学術団体に移管され、2014年9月現在、全国で377名のがん専門薬剤師が活躍しています。しかし、がん患者さんの数を勘案すれば、さらに多くのがん専門薬剤師が必要です。近い将来、がん専門薬剤師が、がん患者さんにとって身近な存在になれる日が訪れることを願っています。